しばらく遠ざかっている間に、YouTubeの『まちぶせ』が200万回を突破していたのですね。
花も嵐も踏み越えて、(って古すぎる言いぐさですけれど)という感じで、すばらしいことです。
好きなものは好きなんだ、というのが当たり前、それが音楽の趣味なのですね。
花も嵐も踏み越えて、(って古すぎる言いぐさですけれど)という感じで、すばらしいことです。
好きなものは好きなんだ、というのが当たり前、それが音楽の趣味なのですね。
武満徹と小澤征爾の対談集『音楽』を読んでいましたら、音楽の聴き方という章で、次のようなお話をされていました。
竹満 みんなが一致して超一流だと認めるような音楽は、僕には必要でないの、ほんとに。音楽はみんなにとって超一流である必要はないわけです。
小澤 全くその通り。
竹満 万人にとって世界一流の音楽とか二流の音楽とかなんてね、ないよ。
小澤 僕も音楽の本質は公約数的なものではなく非常に個人的なもので成り立っていると思うんだよ。
竹満 パーソナルなもんだ。
小澤 パーソナルな、しかも量では計れないものだよ。
竹満 僕もそう思うね。
小澤 それが音楽のいいところなんだ。(中略)
だから、レコードが何万枚売れたとか、有名だとか、超一流だとか二流だとか三流だとか、ヘッポコだとかは重要でないわけ。一番大事なのはね、もしかすると、人間と音楽が根本的にどこかでつながるかにあるんじゃないだろうか。
竹満 音楽の歓びは人間の感情の一番底のほうにあるものでしょ。
歌を歌うとかさ、そういうことが大事だってことをもういちど思い出さなきゃ。それと、小澤さんがさっきから言っていられることで大事なのは、音楽が非常にパーソナルな、個人的なものだ、一人ひとりの人間に一人ひとりの音楽があるということだからさ。
当代第一人者どうしの対談ですけど、わが意を得たりという感じですね。
音楽ビジネスの世界と、趣味で聴く音楽の世界と、全く異なる世界であり、異なった価値観や基準がそこにあるわけです。
石川ひとみさんが「秘密の森」でなにか吹っ切れたように感じるのは、大ざっぱに言ってしまえば、
プロダクション主導の音楽ビジネス世界でのラットレースから降りて、音楽を自分の手に取り戻すことを決意したから、なのだろうなとあらためて思う。
竹満 みんなが一致して超一流だと認めるような音楽は、僕には必要でないの、ほんとに。音楽はみんなにとって超一流である必要はないわけです。
小澤 全くその通り。
竹満 万人にとって世界一流の音楽とか二流の音楽とかなんてね、ないよ。
小澤 僕も音楽の本質は公約数的なものではなく非常に個人的なもので成り立っていると思うんだよ。
竹満 パーソナルなもんだ。
小澤 パーソナルな、しかも量では計れないものだよ。
竹満 僕もそう思うね。
小澤 それが音楽のいいところなんだ。(中略)
だから、レコードが何万枚売れたとか、有名だとか、超一流だとか二流だとか三流だとか、ヘッポコだとかは重要でないわけ。一番大事なのはね、もしかすると、人間と音楽が根本的にどこかでつながるかにあるんじゃないだろうか。
竹満 音楽の歓びは人間の感情の一番底のほうにあるものでしょ。
歌を歌うとかさ、そういうことが大事だってことをもういちど思い出さなきゃ。それと、小澤さんがさっきから言っていられることで大事なのは、音楽が非常にパーソナルな、個人的なものだ、一人ひとりの人間に一人ひとりの音楽があるということだからさ。
当代第一人者どうしの対談ですけど、わが意を得たりという感じですね。
音楽ビジネスの世界と、趣味で聴く音楽の世界と、全く異なる世界であり、異なった価値観や基準がそこにあるわけです。
石川ひとみさんが「秘密の森」でなにか吹っ切れたように感じるのは、大ざっぱに言ってしまえば、
プロダクション主導の音楽ビジネス世界でのラットレースから降りて、音楽を自分の手に取り戻すことを決意したから、なのだろうなとあらためて思う。
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