コメント欄からワープしてきました。
フラゴナールの「読書をする少女」だったかな、小学校の時の初恋の子に似ていて、実家の部屋にずっとかかったままなのです。そういう気持ち、かな。
フラゴナールの「読書をする少女」だったかな、小学校の時の初恋の子に似ていて、実家の部屋にずっとかかったままなのです。そういう気持ち、かな。
現在は現代詩に復帰するために失われた40年の空白を埋めることに全力投球をしていますが、その中で池井昌樹さんの詩を読んで、石川ひとみさんにぴったりな詩を発見しました。
私はこの系統の詩はとても書けないので、画像にしてアップしたいと思います。

親になってみるとこのような気持ちが深く理解されるようになるのでしょう。
この詩を読んで、すぐに石川ひとみさんを思い浮かべました。
そういうことですね。
私はこの系統の詩はとても書けないので、画像にしてアップしたいと思います。

親になってみるとこのような気持ちが深く理解されるようになるのでしょう。
この詩を読んで、すぐに石川ひとみさんを思い浮かべました。
そういうことですね。

この詩を読んでいて、少し涙ぐみました。
私もまた、やさしさだけを手渡されて、苦しみながら歩いていく人生になったからでしょう。
しかし、普段現代詩の本など読まない私にとって、この記事がなければ、この作品を知る機会はありませんでした。
この作品にも当然著作権があると思われます。
著作者の権利を守るという精神は大切ですが、表現されるものは人の目にふれてなんぼであり、守って守り抜いたあげく、誰も知っている人がいなくなってしまった、では本末転倒ですね。
Feeling石川ひとみの運営にもいろいろご苦労されておいでのようですが、石川ひとみというシンガーを知らない人に向けて書くには、どうしてもある程度の引用は避けられません。
このブログが少しでも長く続けられるよう願うものです。
たいへん含蓄のある、そして石川ひとみさんに対する愛情溢れるコメントを頂きまして、ありがとうございます。
最近は、棘のあるバラの枝ばっかりみたいなブログになってしまい、吉田さんのコメントできれいな花が咲いたような気がいたします。
残念なことに、あなたのブログを知らなかったものですから、もう少し早く出会えていればと思います。
改めて、じっくり考えさせていただければと存じます。
松本隆さんについては、『冬のリビエラ』で少し取り上げております。
他のページでやっていることの影響がこのページに反映されてしまうということがあり、そちらの論旨を前提にこのページを書いているという問題があります。
そういう前提=先入見みたいなもので、いってみれば、偏見なのだろうなと思います。松本隆さんは、石川ひとみさんの歌詞を直接書いてはいないので、私の方は簡単に書き流しているところはあるとおもいます。
お忙しいところ早速のお返事ありがとうございました。
とても嬉しく存じます。
投稿したコメントを読み返してみたら、なぜか脱字していると
ころが結構あるみたいで、すみません。文意は通じるとは思い
ますが、もし不明なところがありましたらお知らせください。
私の作っていた「海より青いひとみ」HPはご存じなかったの
ですか…それも失礼しました。
お時間の取れる折にでも、改めてお話を聞かせていただけれ
ばと存じます。改めてよろしくお願いします。