この「プロデュース」カテゴリーの一つの目的は、歌手石川ひとみのデビューから『まちぶせ』まで、そして『まちぶせ』から『秘密の森』を経て、『ただいま』への道筋をはっきりさせる、ということです。
そのためには『秘密の森』をしっかりと認識しておかねばいけないな、とわたし的にはずっと考えていました。
そのためには『秘密の森』をしっかりと認識しておかねばいけないな、とわたし的にはずっと考えていました。

前に書いた 「迷い径」で次のように書いています。
「中学生時代のひっちゃんの記念写真は、図らずも
『秘密の森』の石川ひとみに感じが似ています。
自然体に戻った石川ひとみちゃん、
実は中学生時代のような気持ちを取り戻した
...のではないかな、という楽しい想像で、
追求する意欲が湧いてきました」
そして、前振りとして「あひる」の記事を書き、自然体がキーワードだというお話をしました。
今回はその続きというか、本編です。
左はLPレコード【プライベート】の写真から
石川ひとみの「考える人」ポーズ3態です。
石川ひとみ「ハートフル・レター」の記事から、引用します。
「世の中、いろんな出来事が混ざりあっちゃってるから...
(失礼!世の中ではなく 私の頭の中の間違いでした)
自分では素直に...
自然に...
なんて思ってるんだけど、
それが一番やっかいで大変なんですね」
「世の中ではなく 私の頭の中の間違い」と、わざわざ訂正を書き記しているところに、外部の要因に色々悩まされて、こんがらかっているという気持ちを言い表しているのだと思う。
(1986.08)
ひっちゃん悩んでいます。
物事が重なり合っちゃうと無理してしまう、と。
これは『秘密の森』をリリースした後のお話ですね。
直接的には、石川ひとみファンの求めるものと、渡辺プロダクションのプロデュースと、ひっちゃん自身がうたいたい歌、そういうものの齟齬(そご=食い違い)だと思います。
そして、範囲をもう少し広げれば、「メモリー」以降の一連の歌「アモーレ」や「夢回帰線」の自分らしくない感じ、というのも含まれているかと思う。
『まちぶせ』より前の歌(正確には『夢番地一丁目』)は、ひっちゃん「皆さんが用意してくれた歌を一生懸命歌う」という姿勢だった。
長岡和弘らひとみ周辺の人たちの感化があって、『まちぶせ』以降は自己主張をするようになり、みんなとのディスカッションの中から歌を作っていくようになった。
ところが、自分の歌の方向性が見えてきたはずの『三枚の写真』以降の歌は、「自信が確信に変わった」とはいかず、「自信喪失していく」過程を歩むことになった。
ファンインタビューで「毎回ヒットを出せれば一番良いのでしょうけれども、それよりも長く歌っていけるようになりたいのです」という意味のことを言っていますね。
そして、西川峰子エピソードのようなこともある。松田聖子と同じ悩みでしょうね。
「以前はよく「何でいつまでもカワイコぶってるの?」って聞かれたこともありました。
私はその度に真剣に考えたけど、自分自身はカワイコぶってるわけじゃない。
まったく自然に歌っていたわけです。
自分が、自然だと思うのなら、それでいいじゃないかと。このまま歌ってゆこうと思えるようになりました」
こういう事があって、Nuード写真集やヘイグ・カレンダーの仕事をすることになる。
ひっくんに見せていただいた記事によると、この時期...
「私にとってはずっと大変なことばかりだったから、それでも何故やったかっていうと、何かやっていないと流されちゃうような気がしたし、ファンの人をはじめ身近な人に心境を知って欲しいところだったから。
よくわかんないだろうけど...
一生に一度、ですね。」
...ということだそうです。
ファンに心境を知って欲しい?
ひっちゃん、ファンに何を感じていたのでしょうか?
ファンインタビューで、ヘイグのカレンダーについて聞かれ...
「ああ、この娘ずっとこのままでいればいいのに...」と思いました。(笑)
ファン 「......?」
ひとみ 「要するにまるで他人ごとみたいに、この娘もこのまま成長せずにもう世の中に出てこなければいいのになァと思いました」
あんたなに言ってんのよ。女の魅力は30過ぎからよ!(とつぜん、残酷なおばさんが乱入しました)
25歳はお肌の曲がり角、なんて化粧品会社がCMやってるけど、30過ぎると今度は脂がのってきて、ぐっとセクシーになってくんのよォー。でもワカシ(ブリの子)のようなスリムなうちに、記念写真を撮っておくのは悪くはないわね。
あんた、かわいいんだから、ちょっとだけョーも、いい記念ね。花の命は短いからね。
でも、あせることはないのよォー。今はビデオがあるのだから、百恵ちゃんのように絶頂期にさっさと引退して、映像でいつまでも「昔のなまえーェでェー、出てェーいーまァすー」てことになるかもね!
えっ?やめる気はない。ずっと歌い続けるって?
それじゃ、キャンディーズみたいに、普通の女の子に戻りたいとかいって、アイドル曲の歌い納めをやった後、思い切ってイメチェンしてしまったら!
これがデビューの時のあんたよ。8年たって、今(1986)のあんたはこれ↓↓(渋谷駅前交差点で)

いい女よォー。アイドルには、トウがたってしまったけどさー... (1987) (げっ!)

それでもって、中学1年生のあ・ん・た
♪( ̄▽ ̄)ノ″お気楽?
なんで、突然白黒画像になるの?
比較にもなりゃしない...
失礼しました。変なおばさん。お呼びでないね...
NG写真はさておき、このような経緯があって『秘密の森』がリリースされました。この曲について、ひとみちゃんは、
「本当に自分の歌いたい歌に出会って、今の私はとても自由な気分でいられ、毎日何となくうれしくて仕方ないというか、とても幸せな気分の私です」
...と語っています。
確かに、吹っ切れているという感じがします。
そしてさらにファンインタビューで、ひとみちゃんは次のように語っています。
「まず、あんまり感情を入れないって事かナ。それと、恋とか愛って、初恋でも何回目でもときめきの気持ちって変わらないと思うのネ。
だからそういうところを出せれば。大人の女性が持ってる少女の部分をうまくのぞかせれたらイイナ、って思う。」
ファン 「新曲に対する周りの人の反応はどうですか?」
ひとみ 「そうねェ。よく歌詞だけ見てわからない人っているのネ。
「何、コレ、子供っぽいネー」っていう人って「この詞を理解できないのは可哀想だナ...、
もっと深いものがあるのに」って思う。
あんまり重々しく考えてうたわないようにしてるから、
(うまく伝わらないのかもしれないけど...)。
ファンに理解されていない、支持されていない、という悲しさといらだちが微かに伝わってきます。
『秘密の森』への迷い径「成熟と少女のはざま」で に続く
「中学生時代のひっちゃんの記念写真は、図らずも
『秘密の森』の石川ひとみに感じが似ています。
自然体に戻った石川ひとみちゃん、
実は中学生時代のような気持ちを取り戻した
...のではないかな、という楽しい想像で、
追求する意欲が湧いてきました」
そして、前振りとして「あひる」の記事を書き、自然体がキーワードだというお話をしました。
今回はその続きというか、本編です。
左はLPレコード【プライベート】の写真から
石川ひとみの「考える人」ポーズ3態です。
石川ひとみ「ハートフル・レター」の記事から、引用します。
「世の中、いろんな出来事が混ざりあっちゃってるから...
(失礼!世の中ではなく 私の頭の中の間違いでした)
自分では素直に...
自然に...
なんて思ってるんだけど、
それが一番やっかいで大変なんですね」
「世の中ではなく 私の頭の中の間違い」と、わざわざ訂正を書き記しているところに、外部の要因に色々悩まされて、こんがらかっているという気持ちを言い表しているのだと思う。
(1986.08)ひっちゃん悩んでいます。
物事が重なり合っちゃうと無理してしまう、と。
これは『秘密の森』をリリースした後のお話ですね。
直接的には、石川ひとみファンの求めるものと、渡辺プロダクションのプロデュースと、ひっちゃん自身がうたいたい歌、そういうものの齟齬(そご=食い違い)だと思います。
そして、範囲をもう少し広げれば、「メモリー」以降の一連の歌「アモーレ」や「夢回帰線」の自分らしくない感じ、というのも含まれているかと思う。
『まちぶせ』より前の歌(正確には『夢番地一丁目』)は、ひっちゃん「皆さんが用意してくれた歌を一生懸命歌う」という姿勢だった。
長岡和弘らひとみ周辺の人たちの感化があって、『まちぶせ』以降は自己主張をするようになり、みんなとのディスカッションの中から歌を作っていくようになった。
ところが、自分の歌の方向性が見えてきたはずの『三枚の写真』以降の歌は、「自信が確信に変わった」とはいかず、「自信喪失していく」過程を歩むことになった。
ファンインタビューで「毎回ヒットを出せれば一番良いのでしょうけれども、それよりも長く歌っていけるようになりたいのです」という意味のことを言っていますね。
そして、西川峰子エピソードのようなこともある。松田聖子と同じ悩みでしょうね。
「以前はよく「何でいつまでもカワイコぶってるの?」って聞かれたこともありました。
私はその度に真剣に考えたけど、自分自身はカワイコぶってるわけじゃない。
まったく自然に歌っていたわけです。
自分が、自然だと思うのなら、それでいいじゃないかと。このまま歌ってゆこうと思えるようになりました」
こういう事があって、Nuード写真集やヘイグ・カレンダーの仕事をすることになる。
ひっくんに見せていただいた記事によると、この時期...「私にとってはずっと大変なことばかりだったから、それでも何故やったかっていうと、何かやっていないと流されちゃうような気がしたし、ファンの人をはじめ身近な人に心境を知って欲しいところだったから。
よくわかんないだろうけど...
一生に一度、ですね。」
...ということだそうです。
ファンに心境を知って欲しい?
ひっちゃん、ファンに何を感じていたのでしょうか?
ファンインタビューで、ヘイグのカレンダーについて聞かれ...
「ああ、この娘ずっとこのままでいればいいのに...」と思いました。(笑)
ファン 「......?」
ひとみ 「要するにまるで他人ごとみたいに、この娘もこのまま成長せずにもう世の中に出てこなければいいのになァと思いました」
あんたなに言ってんのよ。女の魅力は30過ぎからよ!(とつぜん、残酷なおばさんが乱入しました)
25歳はお肌の曲がり角、なんて化粧品会社がCMやってるけど、30過ぎると今度は脂がのってきて、ぐっとセクシーになってくんのよォー。でもワカシ(ブリの子)のようなスリムなうちに、記念写真を撮っておくのは悪くはないわね。
あんた、かわいいんだから、ちょっとだけョーも、いい記念ね。花の命は短いからね。
でも、あせることはないのよォー。今はビデオがあるのだから、百恵ちゃんのように絶頂期にさっさと引退して、映像でいつまでも「昔のなまえーェでェー、出てェーいーまァすー」てことになるかもね!
えっ?やめる気はない。ずっと歌い続けるって?
それじゃ、キャンディーズみたいに、普通の女の子に戻りたいとかいって、アイドル曲の歌い納めをやった後、思い切ってイメチェンしてしまったら!
これがデビューの時のあんたよ。8年たって、今(1986)のあんたはこれ↓↓(渋谷駅前交差点で)


それでもって、中学1年生のあ・ん・た
なんで、突然白黒画像になるの?
比較にもなりゃしない...
失礼しました。変なおばさん。お呼びでないね...
NG写真はさておき、このような経緯があって『秘密の森』がリリースされました。この曲について、ひとみちゃんは、
「本当に自分の歌いたい歌に出会って、今の私はとても自由な気分でいられ、毎日何となくうれしくて仕方ないというか、とても幸せな気分の私です」
...と語っています。
確かに、吹っ切れているという感じがします。
そしてさらにファンインタビューで、ひとみちゃんは次のように語っています。
「まず、あんまり感情を入れないって事かナ。それと、恋とか愛って、初恋でも何回目でもときめきの気持ちって変わらないと思うのネ。
だからそういうところを出せれば。大人の女性が持ってる少女の部分をうまくのぞかせれたらイイナ、って思う。」
ファン 「新曲に対する周りの人の反応はどうですか?」
ひとみ 「そうねェ。よく歌詞だけ見てわからない人っているのネ。
「何、コレ、子供っぽいネー」っていう人って「この詞を理解できないのは可哀想だナ...、
もっと深いものがあるのに」って思う。
あんまり重々しく考えてうたわないようにしてるから、
(うまく伝わらないのかもしれないけど...)。
ファンに理解されていない、支持されていない、という悲しさといらだちが微かに伝わってきます。
『秘密の森』への迷い径「成熟と少女のはざま」で に続く
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